EXHIBITION

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本展では、デザインの基本的な表現のしくみについて展示を予定しています。
美術やデザインに関心がある方は、ご観覧頂きましたら幸いです。
 
長 幾朗
東京藝術大学 博士(美術・デザイン)
早稲田大学名誉教授
本展では、デザインの基本的な表現のしくみについて
展示を予定しています。
美術やデザインに関心がある方は、
ご観覧頂きましたら幸いです。
 
長 幾朗
東京藝術大学 博士(美術・デザイン)
早稲田大学名誉教授

インタラクティブデザイン / プロトタイピングなど[開催日時未定]

デザイン・シンキング / ビジュアル・プログラミングなど[開催日時未定]

2026年5月26日(火) ─ 31日(日) 
福岡市美術館 ギャラリーF

午前9時30分 - 午後5時30分

アクセス
〒810-0051 福岡市中央区大濠公園 1-6
https://www.fukuoka-art-museum.jp/guide/access/


情報の構造

情報をどのようにレイアウトする?

適切な情報の構成が私たちの理解を深める

今日まで、私たちは情報を伝達に様々な方法を用いてきました。これらは様々な日常の出来事を簡潔に伝えるための手段でした。そして、これらの多くは視覚に基づいた表現と抽象化による、いわゆる「視覚言語」としての形成でした。今日、私たちはまた新たな表現を模索しています。その新たな方法とは─
 
 

視覚、そして空間のアクティビティ

ヒトの行動と視覚表現の変化を考える─

二次元から三次元、そして四次元への移行

端的な情報伝達は言葉としての発話、そして少し冗長な内容は文章として、さらに複雑な出来事は物語として伝えてきました。残されたこれらの痕跡の多くは、二次元としての文書などですが、情報の深度や関連性を明らかにするために、三次元としての空間、さらにこれらに動的変化が加わった四次元、そしてさらにと変化しつつあります。これらは、どのような方法で後世へと書き留めれば良いのでしょうか。
 

構造の成り立ちとその組み換え

平面、立体の構成、そして空間─

形態としてのデザイン

今日まで、私たちは様々な道具、そして多様な事物を技術と共に作ってきました。そして、これらを構築する方法として平面、そして立体、さらにその変化として成形してきました。これらの物づくりの礎には、いわゆるユークリッドによる幾何学としての表現とも言えるでしょう。今日の多くの物づくりでも変わらず、点、直線、円、そして平面、立体、曲面などとして表現されています。そしてこれらの変化やその過程とはどのように表現されているのでしょうか。

情報と視覚

絵画などの表現方法と認知─

イコノグラフィとしての表現

私たちは、様々な出来事を伝達する方法として偶像化(Iconograph, Idolization)、抽象化を図ってきました。これらは、いわゆる図像学(Iconography)として形を成し、さらに今日においては、視覚言語としてピクトグラム、アイソタイプ、ダイヤグラム、インフォメーション・ビジュアライゼーションなどとして発展してきました。今日のアイコン(Icon)とは、どのように機能しているのでしょう。
 

記号とシンボライズ

街角等で見る記号、シンボライズされた風景─

日常の情報認識と課題

氾濫する看板、溢れるマークやシンボルと、これらの表現が多岐、多様に至り、混乱や錯誤を招いています。今日まで、ヒト、つまりは生物としての生物学的視覚や認識、そしてこれらの生来備えている感覚を基にデザインすることが試みられてきました。けれども、一方では、より簡略化し簡潔に伝達することだけでは、情報が不足するおそれも指摘されています。これらの煩雑さを個性ある風景として称揚する人々も多くいるのですが、他方、過剰な情報提示を「うるさい日本」として批判する人々もいます。果たして、私たちは、どのような環境を求めているのでしょうか。
 

MORE DETAIL

タイポフォトとグリッド

情報の区分

 
モホリ=ナジの著作『絵画・写真・映画』、そして『ザ ニュー ヴィジョン』などに、「タイプフォト(タイポフォト)」やグリッドのアイデアが存在します。ひとつは、文字や文章を図像や絵画と同等に扱うこと、もうひとつは文字、絵、写真などをテクスチュアとして評価し、それぞれの要素の質とすることです。さらに、これらをグリッドにより区分し配置することと説明しています。これらのアイデアは、従来の文字や図像、そして写真や映像、さらに動的表現などの融合が始まることを予期しています。


形態と表現

形態表現の課題

 
コンピュータ・グラフィックスや 3Dのアプリケーションは、容易に形体を表現できて便利ですが、どうしても表現し得ない形態が存在します。また、実際に立体を工作する際に難しい表現が生じます。つまりは、自然界には、私たちが未だ認識し得ていない形態や構造が存在することが分かります。


時間と認識、そして表現

ダイナミズムとキネティシズム

 
私たちは、日々時間に認識と共に成長し、現在を生きています。けれども、文章表現や絵画、映像、彫刻などでも、その手を離れた途端に過去のものとなります。未来を予測するとしても、どのような単位を基にするかが問われます。製品製造などの分野では、コストの予測や評価には、資材の見積もりに留まらず、計画から実作業までの時間と人件費が加算されます。これらは、いわゆる未来予測ですが、時として過誤を生むことがあります。その予測の基とは過去の実績や蓄積です。つまりは、未来を予測するには、過去のデータが必要です。私たちは、これらをどのように表現してきたのでしょうか。


色彩表現とその課題

ニュートンとゲーテの論争、そして今日の表現

 
近代色彩論は、ニュートンの『光学』や光の色を波長として捉えるホイヘンスの「波動説」、そして後年のヤングの波動実験などにより形成されました。けれども、ニュートン等の説に異を唱えたゲーテ、そしてバウハウスの教壇に立っていたイッテン等は、また異なった調和的色彩論を唱えました。
そして、今日、アルバースの『配色の設計』などが再出版され注目されています。調和的色彩や配色とは、いわゆる対比による認識でしょう。多数の色が溢れる日常では、色彩をどのようなスケールで捉えるべきか、問われています。


デザインの構造

デザインが実現するまでの長い工程

 
アリストテレスが掲げたテオリア(理論)、プラクシス(実践)、そしてポイエシス(制作)の今日を、私たちはいかに形成してきたのでしょうか。そして、私たちは一体どのような進化を遂げたのでしょうか。手にする道具や環境や利便性は大きく向上しているかに見え、むしろテオリアとしての喪失が透けて見えるようです。つまりは、私たちは、技術やサービスの向上により幸せを感じられる社会となったのでしょうか。近年、ソーシャル・デザインやインクルーシブ・デザインなどが注目されていますが、むしろ、その基盤としての世界そのものが揺らいでいるようです。これらの課題を解決することは容易でないようにも感じられます。状況に応じて成長するデザインとは、果たしてどのような方法でしょうか。
 

1)ソーシャル・デザイン(Social Design 社会的デザイン) :市民も参加し、福祉・教育、まちづくりなどの問題を解決し進める方法
2)インクルーシブ・デザイン(Inclusive Design 包括的デザイン): 高齢者・障害者・外国人なども包括し、多様な視点からニーズやデザインする方法


人間機械論を再考する─

 
日常の物づくりから技術が生まれ、そして美術・芸術として形成され、さらに今日の機械やコンピュータなどによる製造へデザインとして発展してきましたが、その過程において、人の存在をどのように位置づけるのかが論議されてきました。つまりは、人を特別な存在とした世界を構築するのか、あるいは人も他の動物、さらには地球としての環境をも包含した一部、一要素として考えるのかと、宗教や文化として指向も含めて論議されてきました。今日、様々な災害などと共に予測し得なかった事故なども多発しつつあります。私たちは、いかなる時点まで顧慮し、回帰すべきなのでしょうか。
 

IT、DXを検証する─

 
1970年代から手にしたコンピュータは、プログラミングなどにより、ユーザー自らの発想や思考の合理性を証明する機器として捉えていました。つまりは、私的なコンピュータや機器の利用や応用は、手にした人の思考や論理を整理する道具としての存在でした。IT(Information Technology)、DX(Digital Transformation)、そしてAI(Artificial Intelligence)へと時代は発展したかに見えますが、AI、つまりは人工知能としてのアイデアも数多くありました。人が行動し、発想すること、論理を整理することを補助する道具として働くこと、あるいは煩雑な反復作業などを肩代わりする道具として捉えられていたコンピュータやロボットが、いつしか自走する時代となりつつあるのかもしれません。

 
最初に手にしたTX-80(NEC、1976)は日本でのパーソナル・コンピュータ(PC)の先駆けとして登場し、その後、ITの時代が訪れ、そして、今日、様々な分野でDXが謳われています。